1984年01月01日

解説

真剣なチェスの試合では、われわれは負かされると同時に
自らを負かすのである。
ジョージ・スタイナー『脱領域の知性』


チェスを題材にしようと思ったきっかけは、
マルセル・デュシャンへの興味である。
現代美術の始祖とも言えるデュシャンは、
熱心にチェスに打ち込み、そのゲームの名手だった。
当該分野に分け入るにあたり、先人の嗜好をたどってみよう
と思った次第。
つまり、この論考自体が、彼の作家へのオマージュとも言える。
一方、わたし自身の関心に引きつけたところで言えば、
気になったのはナイトという駒の特異性だった。
すべての駒が記号化されているのに対し、
ナイトだけは馬の首という極めて具体的な形象を利用する。
すなわち、その駒だけが「目」を持っているのだ。
そのことは、視覚文化の問題を扱う上で、格好の仕掛けに思えた。
また、ルールを分析していくと、
より一層ナイトの特異性が浮かび上がっていった。
その役割は極めて道化的なのである。
道化が遊びの象徴たることは論を待たない。
ここでは、チェスのルールを独自の流れで解説していく。
その全体を通して、整合的な統治システムが、
イレギュラーな動きを活性要素として求めることが
納得されるはずである。

このコンテンツの専門性は「★★★★☆」です。
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1984年01月02日

空間を定めるキング(王)とポーン(歩兵)

キングとは、限定空間の中心であり、その空間の基準である。
一方、ポーンは当該空間の各コーナーおよび
各辺の中間に配置されることで、境界線を形成する。
中心に鎮座するキングと周辺であるポーンを結びつけることで、
空間全体に動きが生まれる。
1個のキングは8方向へ1マスづつ動くことができる。
逆に、8個のポーンは1方向へ1マスづつ動くことができる。
この空間では、要素の個数と運動方向は反比例している。

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1984年01月03日

活動的なルーク(戦車)とヴィショップ(僧侶)

固体数と動きの反比例は、ルークとヴィショップにも当てはまる。
2個のルークは水平・垂直4方向へ好きなだけ動くことができる。
一方、2個のヴィショップは斜め4方向へ好きなだけ動くことができる。
ただし、どちらの駒も他の駒は飛び越えられない。
いずれにせよ、単色の空間は整合的な法則と平和に満ちている。
そこでは例外的な動きは見られないし、死者も出ない。
対立のない世界は、幾何学的である。

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1984年01月04日

統合的なクイーン(女王)

1個のクイーンは8方向に好きなだけ動くことができる。
それは、キングの動きの拡大とも、ルークとヴィショップの
動きの統合とも解釈できる。
ただし、クイーンも他の駒を飛び越えることはできない。
キングとポーンは階層の限界に存在し、空間を固定する方向に機能する。
その性質は「静」的である。
一方、ルーク、ヴィショップ、クイーンは階層の中間に存在し、
空間を活性化させる方向に機能する。
その性質は「動」的である。

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1984年01月05日

フール(道化)としてのナイト(騎士)

ナイトはこの空間において例外的役割をになう。
その動きは水平・垂直と斜めの動きを合成したものであり、
2個のナイトは8方向に動くことができる。
また、ナイトは他の駒を飛び越える3次元の軸を持つ。
実際の宮廷において、そうした役割をになったのは騎士ではなく、
道化だった。
道化は王の絶対性を相対化させる者として働いた。
彼は常に王の意見の反対側に位置することで
全体世界のバランスを取っていたのである。

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1984年01月06日

空間の混在

光があれば必ず影が生まれるように、あるいは王の存在に対して
道化が求められるように、世界は常に何らかの対立要素を希求する。
それを強引に単純化しようとする時、戦闘が起きるのである。
戦闘状態では、空間にそれぞれの色が入り交じり、
キングに集約されていたポーンの動きは敵に向かう。
各駒は、相手に重なることでそれを殺すのである。
ちなみに、空間全体の市松模様は点対称であり、
駒の配置は線対称を示す。

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1984年01月07日

不能者としてのヴィショップとナイト

本来許されないはずの「殺すこと」が奨励されるように、
戦闘は極めて例外的な状態である。
空間全体が道化服の市松模様であることは象徴的と言える。
ただし、当の道化は常に王に逆らう。
例外的な状態においてかたくなに法則性を貫くことは、
むしろ不能的である。
ヴィショップは常に同じ色のマスを移動し、
ナイトは常に違う色のマスに移動する。
それらは、殺すこととは別の価値軸を重視するのである。
ちなみに、キングと1個のヴィショップだけでは、
相手のキングを倒すことはできない。
ナイトの場合はさらにはなはだしく、
キングと2個のナイトでも相手を詰めることはできない。
ナイトは不能性の象徴でもある。

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1984年01月08日

ポーンの一歩目

境界線を形成するポーンは、どこまでもキングに従順であり、
戦闘という例外状況においては最も選択的な動きを見せる。
ポーンは、その一歩目に限り
1マスか2マスか選択して動けるのである。
2マスの移動によって、ポーンは空間全体の中間地点まで
一気に到達する。

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1984年01月09日

ポーンの攻撃

ポーンは正面の敵を倒すことができない。
従って、向かい合うポーン同士は、強固な境界線を
あらためて形成することになる。
ポーンが倒せるのは、斜め前にいる相手だけ。
それは、ポーン以外の駒に対しても同様である。
相手を殺すという例外状況を、例外的な動きによって表象する。

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1984年01月10日

ポーン・プロモーション(別の駒への変身)

ポーンは敵陣の最後のマス目に到達することで、
別の駒に変身することができる。
その場合、攻撃能力が最も高いクイーンに成るのが常套である。
最も弱い駒から最も強い駒へと変わることができる点でも、
ポーンの特異性は際立つ。
また、クイーンの存在は絶対的に見えながら、
ポーンによって相対化されるとも言える。

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1984年01月11日

アンパッサン(通り過ぎの禁止)

敵の境界線から2マス手前にあるポーンは、
相手のポーンが2マスの移動を選択した場合、
その直後に限り、これを1マス目で倒すことができる。
ただし、このアドバンテージは行使しなくても良い。
ここでもポーンの動きは選択的である。

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1984年01月12日

キャスリング(キングの入城)

間に自分の駒がなく、相手の攻撃もない時、
それまで全く動いていないキングとルークは、
立体的に入れ替わることができる。
その動きはナイトの動きに酷似する。
つまり、戦闘状態においては、王が道化を真似るのである。
見方を変えれば、整合性の高いキングの統治空間は、
ナイトの存在やナイト的な動きを取り入れることで
活性化されるとも言える。
その影響を最も受けやすいのはポーンであり、
受けにくいのはヴィショップ。
統治とは、遵法と違法が織りなすテキストのようである。

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