1983年01月01日

解説

セビリアのアトリエで仕事をしていたパチェコは
こう言ったのである。
「イメージは枠から外へ出なければならない」と。
ミシェル・フーコー『言葉と物』


ディエゴ・ベラスケスの『ラス・メニーナス(侍女たち)』は、
「これ以上ないほどリアルに描かれた空間」と評される絵画ですが、
実はいくつか奇妙な点があります。
その謎を、ちょっと推理小説っぽく考えてみました。

このコンテンツの専門性は「★★★☆☆」です。
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1983年01月02日

プロローグ

01-全体

全体図。
白いドレスを着た少女のまわりを、たくさんの人が取り囲む
この作品は、1656年に描かれた。
ざっと350年ほど前の絵画である。
まずは、描かれた人たちが誰なのかを見ていきたい。
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1983年01月03日

ディエゴ・ロドリゲス・デ・シルバ・イ・ベラスケス

02-ベラスケス4

この絵の作者。つまり『ラス・メニーナス』は、
「画家の自画像を含んだ、王家の肖像」という、
極めてユニークな絵画である。
ベラスケスの技術は、絵画史の中でもズバ抜けて高く、
そのリアリティは圧倒的と言える。
デッサン力もさることながら、
驚くべきはそのバルール感覚である。
絵具のひと筆ひと筆が描かれた跡をハッキリ見せながら、
しかもきちんとしたイリュージョン(3次元空間)を作り出す。
奇妙な例えかも知れないが、その筆致は達者な墨絵を思わせる。
胸の赤い十字はサンチアゴ騎士団の勲章であり、
ベラスケスはこの騎士団への入隊を熱烈に望んでいた。
その勲章は、ベラスケスの死の前年に下賜され、
この絵に描き加えられた。
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1983年01月04日

国王と王妃

02-国王と王妃2

スペイン国王フェリペ4世とその妻マリアーナ。
『ラス・メニーナス』を描かせた、言わばクライアントである。
この絵の中では、画面の奥にかけられた
「鏡」に映る形で描かれている。
フェリペ4世は、政治的には大した功績を残さなかった
(悪く言えば「無能」だった)が、文化面の見識は高く、
ベラスケスやルーベンスを重用した。
性格は善良で国民に愛される一方、好色で浮気のエピソードを
数多く残している。
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1983年01月05日

王女マルガリータ

04-マルガリータ4

この絵の主人公。フェリペ4世とマリアーナの娘である。
『侍女たち』は19世紀になってから、この絵が王宮から
プラド美術館に移される際につけられたタイトルであり、
もとは彼女を中心とした「家族の肖像」だった。
マルガリータは、成長してから神聖ローマ帝国皇帝・
レオポルト1世にとつぐが、
4人目の子供を出産した後体調を崩し、
21歳の若さで死去した。
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1983年01月06日

マリア・アウグスティーナ・デ・サルミエント

05-マリア4

王妃付きの女官。
マリアがマルガリータに差し出しているのは、
おそらく飲料水である。
が、当時のスペイン宮廷文化を象徴した飲み物は、
チョコレートだった。
16世紀前半にアステカ帝国を滅ぼしたスペインは、
戦利品と共にカカオ豆を持ち帰る。
これをローストしてペースト状にしたものが、
チョコレートの原型である。やがてチョコレートは、
スペイン王室からヨーロッパ中に広まっていった。
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1983年01月07日

イサベル・ベラスコ

06-イサベル4

同じく王妃付きの女官。後に侍女となった。
女官とは宮廷内で官職についている女性であり、
侍女は王族の身のまわりの世話をする女性を指す。
日本ではその違いをあまり厳密に問わないため、
『ラス・メニーナス』は『侍女たち』と訳されることが多いが、
厳密には『女官たち』と呼ぶ方が内容には即している。
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1983年01月08日

マリア・バルボラ

07-バルボラ4

フェリペ2世の頃から、スペイン宮廷には
道化や矮人といった所謂「異形の者」が雇われ、
王族の遊び相手をするようになっていた。
マリア・バルボラもその一人。
ドイツから連れてこられ、王妃マリアーナの寵愛を受けた。
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1983年01月09日

ニコラシート・ペルトゥサート

08-ニコラ4

少女のようにも見えるが、ニコラシートも宮廷矮人である。
7歳の時に成長が止まった少年で、
イタリアのミラノから連れてこられた。
未来を予言する能力があったとも言われ、
1675年(『ラス・メニーナス』が描かれてから19年後)に
執事になり、ドン・ニコラスと呼ばれるようになった。
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1983年01月10日

マルセーラとディエゴ

09-マルセとディエゴ4

マルセーラ・ウリョーアは、王妃マリアーナの侍女である。
その右側に立っている男性は、ディエゴ・ルイス・アスコナ。
あるいは、この人物だけを特定できないという説もある。
いずれにせよ、彼についてはほとんど情報がない。
服装ものっぺりとした黒衣であり、特徴を消している。
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1983年01月11日

ホセ・ニエト・ベラスケス

10-ホセ4

侍従。
ベラスケスの親戚だったことから、
「もう一人のベラスケス」と呼ばれることもある。
ざっと見ていくと、王妃の関係者が多いことに気づく。
この絵は、ベラスケスや国王の視点について語られることが多いが、
人的関係の焦点は実は王妃だったのかも知れない。
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1983年01月12日

奇妙な点-1

11-離れている画家

まず最初に指摘したいのは、
「ベラスケスの立っている場所が、あまりにも画布から離れている」
ことである。
画家は絵に対して、2m近くの距離を取っている。
後ろ向きになっている画布には
「『ラス・メニーナス』が描かれている」という説と
「国王と王妃が描かれている」という説があるが、
ここではその問題には拘泥しない。
何が描かれていようと、われわれがそれを見ることはできないからだ。
一方、画家が絵を描ける距離に立っていないことの不自然さは、
目の前に横たわる具体的な謎である。
posted by カズキ at 09:28| 『侍女たちの考古学』

1983年01月13日

奇妙な点-2

12-視点

『ラス・メニーナス』を描いたのは画家ベラスケスなのだから、
この絵は「ベラスケスが見た光景」と考えるのが妥当である。
一方で、画面奥の壁にかけられた鏡には国王が映っている。
その「国王が見た光景」とする説もある。
画面のこちらが側から『ラス・メニーナス』を見ているのは、
王=画家=鑑賞者である、と。
本当にそうなのだろうか?
posted by カズキ at 10:12| 『侍女たちの考古学』

1983年01月14日

奇妙な点-3

13-構図

3番目は「謎」というほどではないが、構図の不自然さである。
『ラス・メニーナス』は肖像画でありながら、
人物が描かれている面積は全体の半分もない。
むしろ1/3は、何もない天井である。
もちろん、そうした偏った構図もないわけではないが、
その割には犬の位置は画面下ギリギリだし、
右端のニコラシートなどは身体の半分近くが切られている。
これは、何らかの機械的操作の結果ではないだろうか?
posted by カズキ at 10:26| 『侍女たちの考古学』

1983年01月15日

消失点

14-消失点

モヤモヤとする引っ掛かりがいくつかあるが、
まずは2番目の疑問から取りかかりたい。
というのも、画家の視点は消失点と同じ高さに存在するため、
天井の金具や窓枠の並びを延長すれば、
比較的簡単に導き出すことができるからだ。
しかし、実際に消失点を求めてみると、
それはニエトの肘あたりに存在し、
画家の目からも国王の目からも離れている。
あえて言えば、一番近いのは女官イサベルの目である。
「ベラスケスは女官イサベルにわが身を重ねた?」という、
いささか醜聞的なアイデアが頭をかすめるが、それはないだろう。
posted by カズキ at 10:34| 『侍女たちの考古学』

1983年01月16日

肖像画は肖像写真ではない

01-全体

『ラス・メニーナス』は、表象文化の象徴のように扱われるため、
現実世界をそのまま写したと思われがちである。
が、肖像画と肖像写真は根本的に異なる。
たとえば、肖像画(特に群像画)を描く際には、
その時描いていない人までがポーズを取っている必要は全くない。
いや、むしろ犬を描いている最中に、王女や王妃、
さらには国王までがじっとしていたと考えるのはナンセンスである。
つまり、『ラス・メニーナス』に描かれた光景は、
おそらく現実には一度も存在しなかったはずなのである。
それは、正に「カンヴァセーション・ピーシズ(日本語では、
これを『家族の肖像』と訳すが、文字通りは『会話の断片』」と言える。
posted by カズキ at 21:36| 『侍女たちの考古学』

1983年01月17日

枠から外へ出る

15-大画面

さて、ここから先は推理・仮説である。
まず、ホセ・ニエトの肘にある消失点を中心に、
ひとまわり大きな画面を想定してみる。
すると、ホセ・ニエトの肘の形は、その大きな画面の
対角線に見事に重なっていく。
また、後ろ向きになっている画布の角が、
対角線に接することもおもしろい。
画面自体の角と描かれている画布の角に
対応関係が生まれるのである。
posted by カズキ at 16:25| 『侍女たちの考古学』

1983年01月18日

長さと比率

16-縦横

さらに興味深いことに、この操作の結果現れるc(大画面の横)辺は、
b(『ラス・メニーナス』の縦)辺と同じ長さになる。
また、a : bとc:dは、1 : 1.14という同じ比率である。
そこまで符合すると、この大画面がエスキース(画面設計)の段階で
一度経由されたと思いたくなっても不思議はないだろう。
ただし、残念ながらそれを実証する資料はわが手にはない。
あくまで推理・仮説の域を出ないのだが、ここではそれを踏まえた上で、
さらに想像を飛躍させてみたい。
posted by カズキ at 15:00| 『侍女たちの考古学』

1983年01月19日

可能性

17-左下基準

仮定した大画面の前段階として、画面左下を起点とする
『ラス・メニーナス』と同じサイズの画面があったかも知れない。
それが、さらなる想像である。
posted by カズキ at 16:41| 『侍女たちの考古学』

1983年01月20日

発想段階の消失点

18-対角線

そして、この画面の中心こそ当初の消失点だったのではないだろうか。
つまり、王女マルガリータの額である。
というのも、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』がそうで
あるように、中心人物上に消失点を設定すれば、奥行きに向けて
発生する斜線を集め、自然に注目度を高められる。
この構図は『ラス・メニーナス』に比べれば凡庸だが、
上下のバランスも取れており、空間としてはるかに落ち着いている。
むしろ、『ラス・メニーナス』のように偏った構図が、
いきなり想定されたとは考え難いのである。
posted by カズキ at 08:27| 『侍女たちの考古学』

1983年01月21日

原画

19-原画

その他の気になる点も整理し、
「構想当初のイメージはこうだったのではないか」
と推理したものが、この絵である。
トリミング(画面の切り出し)方法以外の相違は、以下の4点。

1. 後ろ向きの画布はベラスケスの近くにある
2. ニコラシート・ペルトゥサートはいない
3. マルセーラ・ウリョーアはいない
4. ホセ・ニエトはおらず、扉は閉まっている
posted by カズキ at 11:41| 『侍女たちの考古学』

1983年01月22日

同心円

20-同心円

画布をベラスケスに近づけたのは、常識的判断である。
この位置であれば、絵を描いていることに違和感が無くなり、
画家の存在感も本来的な慎ましさになる。
一方、三人の人物を画面上から消したのは、位置の持つ意味が
中途半端だからである。
この画面の中央(王女マルガリータの額)を軸に
小さな円を描くと、近しい者の顔は全てその円に納まる。
さらにひとまわり大きな同心円との間隙には、ベラスケスや
マリア・バルボラの顔が入る。
が、ホセ・ニエトやニコラシート・ペルトゥサート、
マルセーラ・ウリョーアは、そうした意味的な位置が
曖昧なのである。
さらに妄想を逞しくして言えば、女官イサベルは女官マリアと
同じように、王女マルガリータを見ていたのかも知れない。
というのも、「小さな円の中にいる者は全員がマルガリータを
見ており、次の同心円内にある者は画面のこちらを見返す」
とした方が、意味的には整合性が取れるからである。
posted by カズキ at 22:16| 『侍女たちの考古学』

1983年01月23日

横倒し

21-横倒し

「構図を検討していく段階で、画面を横に倒してみたのではないか?」
というのが、原画から踏み出す一歩目である。
この時、画面サイズの縦横比は、そのまま逆転する。
画面を倒した理由については定かではないが、横長の画面は
原画に比べて親密感を持っている。
垂直空間が権力的であるのに対し、水平空間は家庭的である。
また、左側の画布と右側の壁がシンメトリー構造を作る点も興味深い。
posted by カズキ at 22:09| 『侍女たちの考古学』

1983年01月24日

ニコラシート

22-ニコラ

ただし、そうは言っても右側の空間は空き過ぎである。
別の言い方をすれば、絵の構図としては要素が左により過ぎている。
そこで、ニコラシート・ペルトゥサートが描き加えられた
ものと思われる。
十分とは言い難いが、ニコラシートによって左右の空間は
バランスを回復するからである。
そして、彼の赤い服は、いささか陰鬱なこの絵に活気を与えてくれる。
posted by カズキ at 22:41| 『侍女たちの考古学』

1983年01月25日

再び立てる

23-大画面

続いて「底辺の長さを基準にして、原画と同じ比率で
もう一度画面が立てられたのではないか」というのが、
構造展開の推測である。
結果的に、画面はひとまわり大きな空間を取り込むことになる。
なお、展開をわかりやすくするために、ここでは
「サイズ的に大きな画面」を想定しているが、
画面の比率は同じなのだから、
実際の制作に際しては必ずしも画布自体を大きくする必要はない。
あくまで、エスキースの問題である。
posted by カズキ at 22:27| 『侍女たちの考古学』

1983年01月26日

消失点の移動

24-消失点

「画面の中央を消失点とする」というコンセプトを踏襲するならば、
以上の操作によって、消失点は王女マルガリータの額から
画面奥の扉に移動することになる。
それによって、意味的な空間は崩壊し、画面はもっぱら
視覚的なものになっていく。
表象の魔が立ち上がる瞬間である。
ところで、実際の画面への影響はどうだろうか? 
消失点の移動は右上に向けてであるため、
右側の壁はあまり影響を受けない。
壁に掛けられた絵の縁が若干角度を変える程度である。
それに対し、天井の金具は大きく左に振られることになる。
posted by カズキ at 22:00| 『侍女たちの考古学』

1983年01月27日

扉を開く

25-ニエト

扉が開かれ、ホセ・ニエトが登場したのはこの時点だったと思われる。
彼の肘が対角線に重なることは、偶然とは思い難い。
また、その立ち位置も、実は微妙に不自然である。
一見、ニエトは扉に手をかけているかのようだが、
階段を数歩登ったところにいるのだから、扉には相応の距離がある。
まぎらわしいポーズと言える。
むしろ「立ちさろうとしている」その動作自体が、消失点という意味を
トレースしていると考えるべきなのかも知れない。
「消え去る」という意味を考慮するならば、
王女の身にそれを設けることはいささか縁起がよくない。
イービル・アイ(邪眼)を避けるためにも、
中心はそらされてあるべきだろう。
posted by カズキ at 19:08| 『侍女たちの考古学』

1983年01月28日

空間を複雑に

26-マルセーラ

マルセーラ・ウリョーアの登場は、意図を推測しかねる問題である。
その存在は空間を必要以上に複雑にしているが、敢えて言えば、
それが意図だったのかも知れない。
部屋の角を隠すことで、空間全体が柔らかくなっているからだ。
あるいは、ごく現実的なオーダーとして、王妃から「描き加えて欲しい」
というオーダーがあったとも考えられる。
posted by カズキ at 09:53| 『侍女たちの考古学』

1983年01月29日

画布を動かす

27-画布

さて、画面の操作もいよいよ大詰めである。
後ろ向きの画布を大きく手前に持って来ること。
それによって、この光景全体が絵画の謎かけとなる。
画布がもとの位置にある時には、鏡に映されているように
見えていた光景が、画布がモデルより手前に来ることで、
モデルを直接見ながら描いたかのように見え始める。
問題は、画家と画布との関係というよりも、
画家とモデルとの関係だったのである。
そして、引き出された画布の角と画面全体の対角線が重なることも、
偶然にしてはでき過ぎている。
posted by カズキ at 22:41| 『侍女たちの考古学』

1983年01月30日

最後に切り取る

28-トリミング

最後に、左上を基点に原画と同じ大きさで画面をトリミングすれば、
『ラス・メニーナス』の構図は完成する。
この操作は、写真を撮ることにとてもよく似ている。
カメラで写真を撮る場合には、もっぱらフレームによって
世界を切り取っていくからである。
一方、絵画の構図を決定する場合には、画面の縁に対して
何らかのニュアンスをつけるものだが、
たとえば『ラス・メニーナス』におけるニコラシートのカットは
あまりにも暴力的である。
また、底辺にも今少し空間が欲しいところだ。
わたしの仮説が間違っていなければ、この絵は写真の身振りを
200年近く先取りしていたことになる。


…END
posted by カズキ at 21:30| 『侍女たちの考古学』