2017年09月24日

解説

昔の写真をアレコレと。
このセクションだけは、下に行くほど時間がさかのぼります。
古い写真はスキャニングができたら、新しい写真はその記憶が
「思い出」に変わったら、随時追加していくつもりです。
ただし、1998年から2004年にかけては、残念ながらあまり
良い素材がありません。
当時のデジカメは画素数が少なかった(何と320×240pixel!)
ので、今となってはクオリティ的に厳しい感じなのです。
また、子供たちと遊んでばかりいたので、作品もほとんど
作っていませんでした。
スーパーりんくん』作りにかまけていたり…。
ともあれ、それはそれで人生の貴重な時間だったと思っています。

このコンテンツの専門性は「★★☆☆☆」です。
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2017年09月24日

瀬戸内海

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2013年
倉橋島の海岸に立つ、長男と次男。
瀬戸内海の波は穏やかである。
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2017年09月24日

カードゲームの合宿

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2011年
桐花園にて初めてのカードゲーム合宿。
おかしなポーズを取っているのは、それもまたゲームだから。
「フォトパーティー」というゲームで、
お題に対するポーズが取れている人が得点を獲得できる。
写真のお題は「2人でシンメトリーポーズ」。
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2017年09月24日

JPublisher Japan Aid Project

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2011年
東日本大震災の被災地支援を行う団体のロゴ。
生まれて初めて、まとまった金額の寄付もした。
いろいろな意味で、大きな転機となった出来事だった。
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2017年09月24日

アトリエ

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2011年
「アトリエ」というほど大げさなものではすでにないが、
ひとまず制作している場所。
というか、iPadとMacBookがあれば、どこでも制作できる。
この時点でもなおG4が現役なのはご愛嬌。
1991年からの変わりようが感慨深い。
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2017年09月24日

名前を図像化

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2010年
自分の名前を記号にしてみた。
「スギオカカズキ」という音を図像化している。
生涯で一番好きな作品と言っていいかも。
名前をつけてくれた祖母に、あらためて感謝したい。
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2017年09月24日

コンビで仮装

追憶写真

2010年
エッグファームズのハロウィンパーティーにて。
岡本くんが騎手で、わたしが馬。
若い時より無邪気である。
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2017年09月24日

釣りの準備をする父

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2010年
子供たちを連れて、実家近くの防波堤で釣り。
餌をつけたり、釣れた魚を取ってやったり
大人はけっこう忙しい。
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2017年09月24日

大きなケーキ

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2010年
甥っ子・秀人の誕生日。
準備されたケーキのあまりの大きさにビックリ。
本人は熱を出して、ポォ〜っとしていました。
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2017年09月24日

子供の仮装

2009-ハロウィン.JPG

2009年
エッグファームズのハロウィン・パーティー用に準備した
スパイダーマンのマスクを、次男がかぶっているところ。
小蜘蛛である。
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2017年09月24日

夏の子供たち

09-子供.JPG

2009年
父の田舎に一族全員で帰省した時の写真。広島の山奥である。
田舎にいる子供の写真は「夏休み」感が出ていてよろしい。
特に小さな甥っこ・姪っこがいると、空気がぐっと和やかになる。
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2017年09月24日

年賀状

09-年賀状.jpg

2009年
プリンターを修理に出したら、別のところが壊れて返ってきた。
再度(先方負担で)直してもらったので、大きな空箱が二つ出た。
よって、穴を開け、模様を描いてガンダムごっこ。
着色や背景はもちろんCG処理です。
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2017年09月24日

ベランダの秘密基地

08-ベランダ

2008年
物置きと化していた北側のベランダに作った秘密基地。
ブロックフェンスが胸の高さまであるため、まわりからは
いい感じで死角になっている。
ウッドデッキと机、さらには換気口付きのプランタと
小物入れを制作。
これまでで、最もワクワクする「作品」だった気がする。
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2017年09月24日

秘密基地の食料

08-焼鳥

2008年
秘密基地の食料は、主に焼鳥である。
大人だと3人座るのがやっとという広さなのだが、それ故に
親密感も増す。
それって、茶室の機能とけっこう近いのではないだろうか。
タレで焼くレバーとしいたけ+シーチキンツナがお薦め。
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2017年09月24日

年賀状

08-年賀状

2008年
生まれて初めてスキンヘッドにした時の写真と、子供たちの
ハロウィン写真を合成。
『パイレーツ・オブ・カリビアン』っぽい雰囲気にしてみた。
ちなみに、スキンヘッドはこまめに手入れが必要なので、
意外に大変。
すぐに辞めてしまった。
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2017年09月24日

穏やかな海

07-瀬戸内海

2007年
ニューヨークでお世話になっていた川島猛さんの展覧会を
見るために、四国のミウラート・ヴィレッジへ。
阿賀と堀江をフェリーで往復した。
写真は堀江から帰ってくる時の写真だと思う。
瀬戸内海の水面はいたって穏やかである。
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2017年09月24日

Beeworks Designer's Basis

06-BDB

2006年
勤務先の創立5周年で作った小冊子。
「エディトリアル・デザインに関する基礎知識をまとめて欲しい」
というオーダーだった。
企画から執筆、アート・ディレクションまでを好きにやらせて
もらった。
黒い方が本文、白い方が参考文献からの抜粋をまとめた資料集。
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2017年09月24日

長男と

1998-カズキ&リン3.jpg

1998年
帰省の際に羽田空港で撮影された(二人で映っている)珍しい写真。
この頃のカメラは画素数がとても少なかったので、そのまま使おうと
すると天地が足りない。
無理矢理引き伸ばすよりは、そのままで。
それはそうと、長男の動作は一杯ひっかけているようにしか見えない。
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2017年09月24日

年賀状

98-年賀状

1998年
初期のDigital Numeral的なデザイン。
この頃は「8×8」のマス目で「88」を表わすという考えにこだわって
いたので、数字の読み取りやすさは犠牲になっている。
さらに言えば、「8×8+6×6=100」という数式にもひかれていた。
いや、その数式のダジャレ感については今でも気になっている。
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2017年09月24日

ビアホール

97-ビアガーデン

1997年
下記副賞の旅行写真。
ドイツと言えば、やはりビールである。
ミュンヘンのビアホール入口だが、それっぽい格好のおじさんが
写っているのが嬉しい。
たぶん何かのお祭りだったのだろう。
ティピカルで恐縮だが、ドイツはパンとソーセージもおいしかった。
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2017年09月24日

OPEL DESIGN CONTEST

96-OPEL

1996年
コンテストの類いには興味がなかったが、「それは、逃げている
だけかな?」と自問し、応募してみた。
「OPELの車同士が事故を落とすこともあるだろう」という発想で、
雑誌広告賞をいただいた。
賞自体もうれしかったが、副賞のヨーロッパ旅行が素敵だった。
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2017年09月24日

地下鉄

91-地下鉄

1991年
ワシントンに旅行に行った時に撮った写真。
確かアーリントン墓地だったような気がするが、よく覚えていない。
「有事の際にはシェルターになる」と聞いたことがあるが、それも
本当かどうか…。
何にせよ、陰鬱な空間である。
ワシントン自体が、何だかそんな感じの街だった。
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2017年09月24日

カラクリ箱

1991-作品3.JPG

1991年
ニューヨークで作っていた作品。
白と黒を光と影にするために、覗き箱を制作。
角に45度で鏡を置き、錯視感を出していた。
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2017年09月24日

アトリエ

91-アトリエ

1991年。
ニューヨークで次に住んだアトリエ。というか、机。
今のわたしには到底耐えられない量のモノが机の上に置かれていた。
手元を照らすスタンドが二つもあるし。
部屋自体は、川島猛さんの知人宅を管理人のような形で借りており、
これまた考えられないくらいの広さだった。
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2017年09月24日

アトリエ

90-アトリエ

1990年。
ニューヨークで最初に住んだロフトである。
床が傾き、シャワーが時々水になる「いかにも」な部屋。
しばらく並木くんとシェアをしていた。
その後、妹や岡本が泊まりにきたりした、思い出深い空間。
藤原さんとお会いしたのも、この頃だった。
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2017年09月24日

親友・岡本くんと

1975-自衛隊.JPG

1974年
岡本くんのお父さんが自衛官だったので、家族が乗船できる日に
護衛艦に乗せてもらった。
呉ならではのイベントだった。
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2017年09月24日

父と

1966-父と3.JPG

1966年
生後10ヶ月ほどの時期。
この頃の写真は、まだすべて白黒である。
父はヤクザっぽい感じだが、実は銀行員。
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2017年09月24日

誕生

1965-口開け.JPG

1965年
アルバムに残っている一番古い写真。
自分自身の記憶は当然ないが、まわりの空気感は懐かしい。
口の開け方が平和である。
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