1985年01月01日

解説

われわれの感情を真摯に吐露するのが文学だと、
たとえばワーズワースがいった時代はとうの昔に終わってしまったのだ。
あるのは、記号とイメージの断片ばかり。
「感情」などという、記号に先行する「超越的なシニフィエ」(デリダ)
などというものはどこにも存在しないのである。
高山宏『メデューサの知』


たとえば、電算数字の「2」は「5」個の要素でできています。
要素によって数が表わされる一方で、要素の数という見方も
できるわけです。
あるいは、形態的に「2」が「8」に含まれていること。
いや、すべての電算数字が形態的に「8」を母体としていることに
着目すれば、そこには系統が見えてきます。
電算数字が持っている、そうしたパズル的な関係性について
考えてみました。

このコンテンツの専門性は「★★★★☆」です。
posted by カズキ at 04:00| 『電算数字の図像学』

01-01

記号には構成要素があるので、
「無」を表す記号にしても記号自体は有限の存在である。
たとえば電算数字の場合も、「0」は「無」ではない。
そこでの「無」は全ての要素の消灯であり、
「8」の裏返しとして存在する。

数字-01
posted by カズキ at 05:00| 『電算数字の図像学』

1985年01月02日

01-02

電算数字の「8」は、全ての数字を形態的に含む特殊な存在である。
ちなみに、漢数字の「八」は牛の角に由来しており、
これを屠殺して切り分けるところから
「分ける=分かる」という意味が生まれた。
理知は殺生と結びつく。
また、「八十八」は「米」に通じ、豊穰と成熟を意味した。

数字-02
posted by カズキ at 00:00| 『電算数字の図像学』

1985年01月03日

01-03

「8」は全ての数字を含んでいる。
「2」は「8」 に含まれる。
「6」は「8」 に含まれる。
「9」は「8」 に含まれる。
「0」は「8」 に含まれる。
「5」は「6」 と「9」に含まれる。
「3」は「9」 に含まれる。
「4」は「9」 に含まれる。
「7」は「9」 と「0」に含まれる。
「1」は「3」 と「4」と「7」に含まれる。

数字-03
posted by カズキ at 00:00| 『電算数字の図像学』

1985年01月04日

01-04

要素の飽和である「8」に対し数の基本単位である「1」は、
最も要素数の少ない記号である。
「全」と「個」の対立?
しかし、本当に深い対立は「有る」か「無い」かである。
「8」のかたわらで笑う「0」…。

数字-04
posted by カズキ at 00:00| 『電算数字の図像学』

1985年01月05日

01-05

電算数字の「8」は「0」を縦に積み重ねた形である。
逆に、二桁の「00」は横倒しの「8」、
つまり 無限記号であるところのメビウスの輪に似る。
「88」を構成要素の飽和とする電算数字のカウントは
「00」を通って循環していく。

数字-05
posted by カズキ at 00:00| 『電算数字の図像学』

1985年02月01日

02-01

ローマ数字の「1」「2」「3」は、要素の数とあらわす数が
一致している記号である。
一方、電算数字は要素の位置によって数をあらわす記号なので、
要素の数とあらわす数は、必ずしも一致しない。
たとえば「8」の要素は7個である。

数字-06
posted by カズキ at 00:00| 『電算数字の図像学』

1985年02月02日

02-02

「8」の要素は「7」個である。
「7」の要素は「4」個である。
「4」の要素は「4」個である。
電算数字の「4」は、要素数と表現数が同じ自己回帰の記号と言える。

数字-07
posted by カズキ at 00:00| 『電算数字の図像学』

1985年02月03日

02-03

「3」の要素は「5」個である。
「5」の要素は「5」個である。
「1」の要素は「2」個である。
「2」の要素は「5」個である。
「5」の要素は「5」個である。
電算数字の「5」は、要素数と表現数が同じ自己回帰の記号と言える。

数字-08
posted by カズキ at 00:00| 『電算数字の図像学』

1985年02月04日

02-04

「0」の要素は「6」個である。
「9」の要素は「6」個である。
「6」の要素は「6」個である。
電算数字の「6」は、要素数と表現数が同じ自己回帰の記号と言える。

数字-09
posted by カズキ at 00:00| 『電算数字の図像学』

1985年02月05日

02-05

電算数字は要素と数の関係性で3つのグループに分けられる。

・あらわしている数が要素の個数と結びつかない数字。
・他の数字の要素数をあらわしている数字。
・他の数字の要素数だけでなく、自らの要素数もあらわす数字。

数字-10
posted by カズキ at 00:00| 『電算数字の図像学』

1985年03月01日

03-01

電算数字は、形の対象性により5つのカップルに分けることができる。
たとえば、「6」と「9」は、互いに点対象の関係にある。
両者は互いに反目する双子のようである。

数字-11
posted by カズキ at 00:00| 『電算数字の図像学』

1985年03月02日

03-02

「2」と「5」は、互いに垂直線をはさむ線対象の関係にある。
「52」は見つめあっているようだが、
「25」は反目しているように見える。
両者の関係は恋人同士を思わせる。

数字-12
posted by カズキ at 00:00| 『電算数字の図像学』

1985年03月03日

03-03

「1」と「3」はそれぞれに、上下の線対象構造を持っている。
互いの直接的な対象関係はないが、資質が似ているという点では、
親子のようでもあり、兄弟のようでもある。

数字-13
posted by カズキ at 06:57| 『電算数字の図像学』

1985年03月04日

03-04

「0」と「8」はそれぞれに、上下・左右の線対象構造、
および点対象構造を持っている。
単体としても安定し、また相互の形態も似通っている。
電算数字においては、意味としての無である「0」と
形態的飽和としての「8」がよりそうのである。
それらは、ある種の崇高さを持つが故に、先祖の存在を思わせる。

数字-14
posted by カズキ at 06:57| 『電算数字の図像学』

1985年03月05日

03-05

「4」と「7」はそれ自体でも、他の数字との関係においても
特別な対称性を持っていない。
言わば、集団からの逸脱を想起させる。
しかし、それ故に両者が結びつく(アウトサイダー同士)ことも
考えられるわけであり、往々にしてそうした関係性は
強固なものである。

数字-15
posted by カズキ at 06:57| 『電算数字の図像学』

1985年03月06日

03-06

電算数字は、対称性という観点によって5つのカップルに分けられる。
しかし、それらは何かを意図して設計されたものではない。
少なくともわたしにとってそれは、愉快な「偶然」である。
そこに付与される意味は、全てが恣意的なものと言える。

数字-16

この考察を発展させて、『おみくじ名刺』という仕掛けを作りました。


…END
posted by カズキ at 00:00| 『電算数字の図像学』